ムーブメントを語れれば、時計の「ツー」だ(2)【連載】

第12回:

時計にとって最も重要な部品は、駆動装置(ムーブメント)です。同装置は、精密かつ調整を必要とするため、部品個々のバラつきを勘案しながら組み立てます。ゆえに、職人技の域をなかなか出ず、大量生産は難しい製品でした。今日でも工芸的な装飾技法を活かした高級品は手組みが基本です。その後、徐々に部品の加工精度が高まってくると、自動組立が検討可能になります。当時、普及の始まっていた時計を大衆製品に変貌させるために、費用を抑えた量産品を作るために、ライン生産は必須だったのです。

 

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時計産業は、もともとすべてが手作りという厄介な産業だった。スイスはそれを徹底した分業で競争に勝ち続けた。

 

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時計産業に、「大量生産」という概念を持ち込んだのはアメリカだった。フォードの自動車が大量生産で誕生したのと同様、ライン内分業というやり方で、生産効率を高めることに成功した。

 

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日本はスイスの加工機を模倣することから始め、徐々に連続自動生産へとつなげていった。特に、クォーツムーブメントに関してはほぼ完全自動生産ラインを作り上げ、コスト競争力で世界を凌駕した。

 

 

序文

時計と時間についてのお話:連載にあたっての序文 - 夜明け前の…

第1回

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(略)

第10回

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第11回

ムーブメントを語れれば、時計の「ツー」だ(1)【連載】 - 夜明け前の…

 

 

さて、近年に至るまで、時計は長らく金属材料が当然でした。メンテナンスのための分解・組立を勘案して、部材をネジで留める構造が採用されていたからです。しかし、廉価なプラスチック材料が普及し、本格的な「使い捨て」の時代を迎えると、プラスチック製のムーブメントが激増しました。ネジはかしめに代わり、複雑形状の部品も成形機で一体に作れるようになりました。そして市場にはまもなく、多種多様なファッション系の時計があふれるようになります。長く使うより、買い替えることが主流になり始めたのです。

 

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プラスチックムーブメントを大々的に製造しているのは、中国ばかりではない。実は、日本勢も量産している。たとえば、セイコーエプソンは、外販用として廉価なプラスチックムーブメントを製造。ただし、セイコーは、自社ブランドにはこれを用いず、廉価ムーブメントは外販のみで提供している。


これを具体的な歴史の話に戻して説明すると次のようになります。まず、20世紀前半、もともと分業が徹底されていたスイスでは、ムーブメント事業者が複数存在していました。その後、競争環境が悪化し、価格競争の悪循環に陥りました。そこでスイスの大半のムーブメント工場が集合した結果、後の「ETA」の前身組織が誕生します。そして二度の大戦をはさみ、スイスは機械式時計の第一次黄金時代を迎えます。しかし1970年代、日本のクォーツ式時計が登場すると、時計業界に劇的な変化(クォーツショック)が始まります。80年代には日本のシチズンがクォーツ式ムーブメントの外販に踏み切り、変化を加速させました。クォーツ式ムーブメントは、その扱いにおいて、機械式ムーブメントよりはるかに簡単でした。そして90年代、プラスチック製のクォーツムーブメントが、日本や中国の工場から登場するようになると、業界全体の時計工場の数が世界中でますます増えるようになります。ムーブメントの価格と完成時計の価格は普及価格帯まで下がり、他方で時計市場全体の数量は上昇基調が続きます。ついつい、私たちは、スイス時計の盛衰にばかり目が奪われがちですが、技術的に成熟した時計という製品が、市場的な成熟に至るまでには、2000年代の半ばまで待たなければなりませんでした。

 

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「MIYOTA」ムーブメントは、日本のシチズンが提供している。金属ムーブメントであるため、上掲のセイコームーブメントよりは若干高い価格帯で販売している。外販ムーブメントを含めると、シチズンは長らく世界最大の時計メーカーだった。しかし近年は、廉価品の台頭に押されている。下記写真「2035」という外販ムーブメントは、安価で丈夫、信頼性も抜群ということで一時世界市場を席巻し、のちに多くの時計工場を誕生させる原動力となったと言われる。

 

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シチズン キャリバー2035」。キャリバーはムーブメントの型式番号。メイド・イン・ジャパンを象徴するクオーツムーブメント。大量生産に特化した設計により、圧倒的な低価格を実現した。しかしその精度は月に±20秒以内。加えてこの価格のムーブメントとしては例外的に、分解掃除が可能だ。

 

 

次回

時計の種類と操作方法【連載】 - 夜明け前の…