「本質」を見抜く力で問題を解決する

考える技術 (講談社文庫)

考える技術 (講談社文庫)

 

 

大前氏の論は、社会のあらゆる「バカ」どもを一刀両断。本質をズバリと突いて、相手を完ぺきに言い負かします。私はひねくれ者なので、必ずしも大前氏が正しいとは思えないのですが、それでも彼は日本を代表する論客です。ひとつでも多く学びたいと思います。本書で出てくる「本質を見抜く」という言葉は特に大好きです。問題を見出し、本当の原因を見極め、正しい解決法に導くこと。ところが、それは簡単なことではないようです。世の中の多くのこと、あるいは「改革」と呼ばれているものも含めて、頓珍漢なことが行われていると大前氏は嘆いています。

 

 

事実をきっちりとらえる、どうやら本質とはこのことに尽きるようです。たとえば古い事例ですが、カネボウの事業再生。カネボウと言えば、バブル崩壊以降に幾度も粉飾決算を繰り返し、最終的に629億円もの債務超過を抱えてしまいました。その後、産業再生機構の指導を受け、化粧品部門が分離、2006年には花王に売却されました。本体の繊維部門も、再生の目途が立った時点で売却され、ホーユーの完全子会社になっています。大前氏は(本書執筆の時点で)、産業再生機構の支援が決定した(2004年3月)ことに疑義をはさみ、「花王に4000億円で売却するのが正しい」と結論づけています。大前氏が目をつけたのは、花王カネボウ(化粧品部門)の相性の良さでした。強みを活かすか、弱点を克服するか。後者はいわゆる花王が得意とする「コスト競争力」や「流通経費が極めて低い」チャネルを利用できることになります。カネボウもデパートの一階のような立派な販売チャネルをもっていましたが、商品力がここについてきていませんでした。それにも関わらず、かつてのカネボウ経営陣は、採算悪化の他部門から化粧部門に人を移し、営業力の強化を図ったつもりだったそうです。

 

http://www.knak.jp/ta-sangyou/others/kanebo-saisei.htm

カネボウ問題のまとめ:化学業界の話題(データベース)

http://www.knak.jp/ta-sangyou/others/kanebo-saiseisaku.gif

 

 私の「本質的理解」としては、ある市場領域で惨敗した事業について考えられる手段は次の通りだと考えます。従来のマーケティング4P(Product・Place・Price・Promotion)の視点に加え、OEM等にみずからのPart(=役割)を替えるという発想の転換も含めています。この5つをすべて実施できればいいのですが、立て直しとは時間との戦いでもあるので、優先順位を決めなければなりません。これを戦略と呼びますが、「何をどうすべきか」という理想論とともに、「自分たちでどこまでできるか」という現実論も同じくらい大切です。ゆえに、当時のカネボウの開発陣ができることを正しく把握し、売れるターゲットもまた正しく設定し直すこと。これをしっかりとやれる体制がカネボウにとって望ましかったのだと思います。産業再生機構は半国営だからダメで、民間である花王に売却した方がいいという判断では少し乱暴な気がしました。もちろん大前氏の論は、もっと精緻に観察した上での意見だと思いますが。。。

  1. 商品力を再生するための開発改革
  2. 市場を変える、新しい販売チャネルに広げる販売施策
  3. 内部コストの見直し、価格・商品調整策
  4. 業務提携などによって、シナジーを図る外交施策
  5. 他社ブランド商品の製造代行(OEM)も視野に生産合理化

 

大前氏の論点「思考回路を入れ替えよう」とはもっともなことで、事実をあぶり出し、積み上げ、現象ではなく原因を突き止めるという科学的アプローチが推奨されています。良い事例が、セブン銀行です。私が尊敬する鈴木前会長が力技で実現した「貯金の出し入れだけをする、ATMだけの銀行」です。いまやグループの、キャッシュカウに成長しています。営業利益率は24.8%と群を抜きます。そんなATM事業は、鈴木前会長の時代に誕生しますが、当初は非常に懐疑的とされてきました。なぜなら、ATMそのものは単なるコストでしかなかったからです。大半の銀行は競争上やむを得ず、追加投資をしながら、ATM端末を各所に普及させていきましたが、これで売上が大幅に増えることはありませんでした。そんな端末のみを事業として扱うセブン銀行は、設置面積を奪われることから店舗に反対され、莫大な投資額を必要としたことから経営陣にも歓迎されませんでした。しかも、他社銀行からはバカにされていたそうです。

 

セブンの40倍も儲かるコンビニATMの謎 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online

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しかし、本質を見る眼力に定評があった鈴木前会長は執念を見せます。「セブンイレブンにもATM(銀行端末)があったら便利なのに」の声が理由です。コンビニには頻繁に来る、数も多い、ついでに買い物もできる。そんな場所でお金を引き出せればいいのに、と感じるのは(今日から見れば)当然でしたね。したがって、できない理由をひとつずつ潰していき、最後には提携銀行から手数料を取るというビジネススキームに落とし込んだのです。端末も徹底的に安く作ったそうです。銀行端末のわずか四分の一の費用でした。理想論と現実論を並べ、執念深く両者の統合を図っていく。それが、凡人にはなかなかできないのでしょう。成功の鍵は、実行シナリオとトップの決意・決断にありそうです。大前氏が、日産の「ゴーン改革」を評価しているのも、ゴーン氏が独断でできる体制を整えたからと結論付けしていました。私も同感です。抽象的なゴールや、安易な解決策(たとえば、単なる合併とか無料化、民営化などの手法)は、やったフリをしているだけで、その実、何の付加価値も産みません。関係者や当事者の利害をおしなべて調整しているだけでは、問題の解決にはつながりませんね。