人類の進化と、パンドラの箱

図解でわかる ホモ・サピエンスの秘密

図解でわかる ホモ・サピエンスの秘密

 

 

私たち人類の歴史を、たった一冊で概括できます。この一冊をまとめる語は「認知」。人類は直面する問題を、「認知」の力で乗り切ってきました。仲間との連携に長け、他の犬を飼いならし、最後の氷河期を生き延びた私たちの祖先は、いよいよ一万年にも及ぶ繁栄の歴史を歩むことになります。その始まりは、農業でした。人間だけが自然から抜け出し、自然を操作する術を覚えたのです。しかし、これは「パンドラの箱」でもありました。人類は畑に囚われた生活を余儀なくされるのです。たとえば、畑のための労働、畑のための害虫との闘いなどが始まり、人類同士の抗争も生まれました。栄養は偏り、虫歯が発生したのもこの頃だと言われます。ひとつをクリアすれば、いくつもの新たな課題を抱える、人類の歴史とはその繰り返しになるのです。

 

 

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今日の私たちを悩ます感染症は、動物を家畜化することで生じた新たな悩みです。麻疹(はしか)、結核天然痘黒死病(ペスト)、コレラなどが代表的です。糞尿を肥料として扱ったこと、さらには病原菌を運ぶネズミなどが期せずして共生するようになり、人類を「不衛生」な状態へと追いやってしまいます。移動を繰り返していた狩猟時代には考えられないことでした。また、初期の農耕生活は決して安定したものではありませんでした。小麦を食糧の基礎とするためには品種改良が必要でしたし、何より農耕は天候に左右されます。そうまでして人類はなぜ農耕生活を選んだのでしょうか。おそらく、食を安定させるというニーズの強さと、そのために工夫を重ねることでの効果の大きさが、人類を虜にしたのでしょう。私たちの祖先は、狩猟・採集を続けながら、農業技術を飛躍的に発展させることを選びました。

 

農業革命を振り返る / 書評『サピエンス全史』(3/8) - 木牛流馬が動かない

それまでのサピエンスは、自分で好きなものや健康に良いものを選んで食べ、狩りと移動が中心の生活を通して身体能力を高め、自由に生きていました。 しかし、農業革命によって、サピエンスはその自由を奪われました。定住を強いられ、せっせと作物を栽培し、懸命になって働かざるをえなくなりました。

 

農業によって食糧が増えるから、人口が増える。人口増加に合わせて、もっと食糧が必要になる。 この華麗なサイクルが回り続け、サピエンスは現代でも奴隷のままでいます。

 

農耕生活がもたらしたものは、人類の組織化です。最初は簡単な役割分担だけだったのかもしれません。しかし共同体での生活は「秩序」が求められます。そのために人類が想像したのは身分や階級の概念であり、それを正当化させる物語でした。またそこに「善悪」の概念も誕生させます。これがやがて宗教(一神教)へと結実していきます。そしてさらに、共同体を悩ませていた「暴力」を取り込み、そこに国家の仕組みを創造します。「国家」を構成したのはおおかた三つです。共通のルール(法律)、それをまとめる人々(階級)、そして共同体内に強制させるための実行力(警察)。さらに国家運営を可能にするために、税という仕組みを作りました。

 

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農業革命の、「革命」たる所以は、剰余価値を産出したことです。人々は分業に勤しむことが可能になり、様々な産業が勃興しました。そしてそれぞれの成果物を交換するにあたって、人類が創造したのは、成果物の交換方法でした。つまり「貨幣と市場」です。特に、貨幣には貴金属が採用され、国家による一定の保障がつきました。これが流通したことで、市場はグローバル化していくことになります。

 

いよぎんキッズ:お金歴史館[表紙]

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もっと重要な変化が、人類の間に産まれます。信用創造です。たとえば、あなたがたくさんの羊を飼っているとします。増え続ける羊を管理するのは大変です。そこで子羊を欲していた近所の友人に与えました。その時の条件は、定期的に羊のミルクを分けてもらうこと。この時、最初の子羊は、資本の貸与と同じ意味を持ちます。いわゆる信用創造です。またある人は、金の保管を生業にしていました。多少の出入りはありますが、大半の金は金庫に眠ったままです。そこで保管主は近所の友人に金を貸すことにしました。もちろん、返却時には金を多めにしてもらうことが条件です。これまた、信用があらたに創造されたことになります。金の保管主はいわゆる今日の銀行です。

 

銀行の機能の巻(1) | マンガでわかる経済入門 | man@bowまなぼう

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世界で最初の銀行券が発行された(1661年、ストックホルム銀行)のはスウェーデンです。国家がこれを認めたので、紙幣となりました。それから30年後のイギリスでは、国の財政を支援するための銀行が誕生(イングランド銀行)し、国債を引き受けました。当時のヨーロッパは絶対王政の時代で、戦争が絶えませんでした。その戦費調達のために増税をしていては国がもたないので、未来の税収を担保に国債を発行しました。これも信用創造の一形態です。これが大航海時代ののちに始まった「東インド会社」という新しいビジネスモデルと結びつき、ヨーロッパ世界の拡大を促します。アフリカや中南米がまずは植民地とされ、その勢力はインドを含めたアジアにまで及びます。そこに国家が軍事的に関与し、産業革命と結びつくことで、暴力的な植民地獲得競争を引き起こします。ここから歴史は近現代史へと突入していくことになります。

 

 

 

世界最古の紙幣・世界最初の銀行券・世界最高額面の紙幣

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言うまでもなく、世界の植民地競争を制したのは大英帝国(イギリス)でした。インドを間接支配し、あの中国を屈服させ、アメリカ・アフリカなどにも広大な植民地を有しました。しかし、あんなに小さな島国(イギリス)が世界をどのように統治したのでしょうか。インド独立運動の父・ガリバーの言葉を借りれば:「インドをイギリスが取ったのではなく、私たちがインドを与えたのです・・・私たちがイギリス人をいさせたのです」となります。イギリスは武力で脅し、制度で縛り、文化で相手を支配した、それが列強の帝国主義でした。やがてこの時代は、列強間の覇権争いにて幕を閉じます。二度のリセットを経て、現代の扉を開きました。

 

The Rise and Fall of the British Empire Visualized | I Like Charts

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冒頭の言葉に戻りますが、人類一万年の歩みは、「認知」を進化させ、ようやく現代的価値観にたどり着きました。食の安定を図り、共同体の秩序を保ち、分業と交易にて生活を豊かにすることができました。その裏で、様々な副作用が生じ、人類間の争い、人生での悩みが増幅しました。そうこうしているうちに、貨幣が産まれ、信用の仕組みが整い、国家の暴力的な関与が世界に拡大しました。豊かさは一部の人類に偏り、戦争のリスクが高まり、いまだに今日の私たちを脅かしています。農業革命を第一の「パンドラの箱」とするならば、人類絶滅を招きかねない核兵器の発明は第二の「パンドラ」かもしれませんね。これを人類がどう解決していくのか、極東の片隅で私もしっかりと見届けたいと思います。(ちょっと重い締め方ですね)