中小企業の作法:ヒット商品ができるまで

 

本書は、ある中小企業の物語です。小さな会社が、特に(人材以外)みずから何も持たない会社が、どのようにヒット商品を産み出すのか、そんな学びがここにはあります。ターゲットは「水虫」でした。

 

「水虫」とは、とても馴染みのある病気です。水虫の正体は、実は虫ではありません。昔、田んぼで作業をして刺された後かゆくなったことから「水虫」と呼ばれたのだそうです。本当の名前は「白癬(はくせん)菌」もしくは「皮膚糸状菌」というカビです。人に寄生する(ヒト好生菌)白癬菌こそが、私たちの敵「水虫」というわけですが、皮膚表面の角質(死んだ細胞の集まり)に張り付きます。そこで肌のケラチンを栄養源にして、菌糸を伸ばしながら増殖していきます。症状は比較的穏やかで、ヒトへのダメージを小さくしながら、ヒトと共生(?)しているのだです。

(参考:『水虫の正体に迫る』槇村浩一教授

 

 

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伝統的な「水虫」は、トリコフィトン・ルブルムが原因で発症し、主に角質で増殖します。これに対し、近年では新型も登場しているそうです。人のフケや垢などを通して、他人にも簡単に感染しますが、24時間かかるので、それまでに洗い落とすことは可能だとか。足以外には、頭部や上半身、爪や手、股部などにも感染します。症状として認知するにはいくつかのパターンがあり、(足に)水疱ができたり、指の間(趾間)にできたり、足の裏全体が粉を吹いたようになったり、厄介なのは爪にもできたりします。そのうちの一つくらいは、誰でも見たことがあるでしょう。

 

水虫とは 症状別対策BOOK | タケダ健康サイト

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さて、話が「水虫」どっぷりになってしまいましたが、その市場規模は、未成年(若年層)を除いた1億人の人口で考えてみると、「日本人の4人に1人」だそうです。つまり、2500万人の日本人が水虫にかかっているのです。そのうち、それを意識し、行動を起こす人を10%と仮定すると、250万人の市場規模になります。仮にこれを生産年齢人口に絞った(未成年は除く)としても、200万人弱です。この市場に挑んだのが、冒頭書で挙げられている会社です。社員規模は100名弱。小さな会社ですね。マーケティングのセンスを備えた人材が集まる企画集団なのだとか。薬品会社でもない、この小さな会社が、果たして水虫に太刀打つ商品を展開できるのでしょうか。

 

足の専門家による足専門情報サイト-フットケアラボは足の美と健康を応援します! | プロフェッショナルに聞きました | 水虫は他人事じゃない!? 日本人の4人に1人は水虫なんです!

水虫の割合は、日本人の4人に1人。というのも、2007年に行われた日本臨床皮膚科医会の調査で、全国の4万人以上の皮膚科患者にいっせいに足を見せてもらい、水虫にかかっているかどうか調べたことがあります。その結果、4人に1人の割合で水虫が見つかったのです。しかも、水虫が理由で来院した人は除いて検査しましたから、水虫の自覚なしに保有している人が4人に1人はいるということになります。

 

この会社が採用したのは、民間療法でした。たとえば、「白癬菌を40度の酢に20分間浸すと菌は死滅する」などという手法です。半信半疑に感じますが、世の中にはそのような商品がすでにあり、足裏の角質をきれいにしてくれていました。酢と言っても、木酢液や竹酢液のことです。この両者には抗菌作用のあるフェノールという物質が含まれているため、一定の効果を発揮するのだそうです。しかし医薬品でないと、それを「効果がある」とは表現できません。また両者とも蒸して製造しますので、「くんせい」のようなキツイニオイがしました。こうした制約条件のもとで、その会社は発売することにしたのです。ちなみに民間療法とは「医師や医療機関による治療ではなく、古くから民間で伝承されている療法・健康法」のこと。(西洋医学から見ると)漢方も実はその一種ですが、多くの症例を体系立ててきた漢方と、単なる言い伝えとでは大きな差があります。それでも後日、科学的に証明されている療法もあるようで、そのすべてを否定できるわけではありません。

 

水虫治療に木酢液や竹酢液は効果的? | 水虫女子ネット

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さて、同社の最初の商品ですが、紆余曲折を経ていよいよ売れだした矢先、大変なことが起こります。薬事法の改正です。効能・効果についての表現が厳しくなり、「水虫」「白癬菌」などという言葉すら使えなくなったのです。一般的に、このようなスキンケア商品は、薬事法の定めにより「医薬品」「医薬部外品」「化粧品」に分類されます。「医薬品」とは病気の治療が目的で、厚労省からその有効成分が認められているものです。「医薬部外品」とは有効成分が一定の濃度で配合されているものです。それ以外の「化粧品」はいわゆる清潔、美化、外観、(保水等の状態)維持などを目的にしていて、薬のような特別な効果・効能を示すことができません。

 

薬のやさしい基礎知識 | タケダ健康サイト

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新・薬事法が施行されてから数ヶ月、売上は急速に下降していました。販売チャネルも匙を投げてしまったようです。ここからでした、同社が企画会社たる所以は。社内の人材の熱意、とりわけ女性陣の超人的な活躍で、同商品が復活を果たします。 その経過は本書を参考にしていただくとして、彼女たちがやり遂げたことは、単なる商品説明上の工夫どころか、商品コンセプトそのものを180度くらい変えるものでした。

  1. ターゲット(男性から女性へ)を変え、
  2. パッケージ(開く箱型にして表示面積を広げた)を変え、そして
  3. 中身まで(木酢液からフルーツ成分に)変えてしまいました。さらに
  4. アンケートや実験にて理論武装し、
  5. マスコミや口コミで取り上げられるために努力を惜しみませんでした。
  6. 最後には、無料配布(3000個)をして、
  7. 実際の成果を見比べ合うための「コンテスト」を開催しました。

 

これらの試みを一度に実施したのは、売上のない商品にあって、極めて挑戦的なものでした。ニ千円以上の商品3000個の配布費用はバカにはなりません。最初の反応はわずか40件だったそうです。それでも社内の女性メンバーはあきらめません。ブログを丹念に追いかけ、口コミを促しました。商品そのものの効果はすでに自分たちでも実証済みです。メーカーではない自分たちにとって大切なことは徹頭徹尾ニーズ側に立つこと。ハイヒールなどで足をさらけ出すことの多い女性に注意喚起することでした。そうこうしているうちに一年が過ぎました。翌2009年、ついにメディアがこの刷新した商品を取り上げてくれました。続いてテレビの情報番組にも登場。社内メンバーは間髪入れず追加策を投じ、粘り強く情報を発信します。商品宣伝よりも、フットケアの重要性を訴え続けました。宣伝というよりは広報に近いものだったのかもしれません。

 

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その後、海外展示会などへの積極的な展開があり、販売先はどんどん広がりました。今では45カ国。今後の売上増を担っていくのはおそらく海外になるのでしょう。冒頭書の作者は、大手新聞社に所属していますが、いつも中小企業の事例に熱い視線を注いできたのだそうです。

 

組織的には弱くても、そこにいる個々の人材の情熱や行動力が活かせれば、大手と伍して戦える、そんな中小企業の真理を、この会社にも見出したようでした。あっぱれです。