何かと風評被害の多い「薬」という存在
「毒と薬は紙一重」。
この言葉から、薬を理解する旅は始まります。そう言えば、「毒にも薬にもならない」なんて諺を聞いたことがあります。つまり、毒と薬とは本質的には同一のもので、プラスの作用があれば「薬」、マイナスであれば「毒」というだけのことなのです。
あんなわずかな量の薬は、口に入れると、まず小腸から吸収され、肝臓での解毒作用を経て、体全身に送り届けられます。それゆえに時間もかかり、濃度も当然薄まってしまいます。他方、注射薬は、静脈に打って全身をめぐるが、時間は早い。さらに貼り薬は、吸収速度を調整しやすいため、持続効果が長く続く。このように、投与方法の違いによって、効果の現れも違ってくるのです。
すでに知られていることですが、薬とは毒にもなります。そのひとつの事例が「副作用」です。たとえば、花粉。花粉が体内に入ると、体の免疫細胞から「ヒスタミン」が放出されます。これが鼻の粘膜にある受容体にはまって、鼻水が出るという現象になります。花粉薬は、これを邪魔することで、鼻水を抑えています。しかし、厄介なのは、同じ受容体が脳内にも存在します。薬がここにも作用して本来の役割を邪魔してしまいます。その本来とは「集中力」です。そして結果的に眠気を催してしまいます。花粉薬の副作用ですね。人間本来の受容体の働きを邪魔するという点、つまり細胞レベルで見た時は、薬も毒も区別できないのです。
薬にはその他、様々な注意事項があります。物質同士の「危険な飲み合わせ」や、細菌の生き残りによる「リバウンド現象」、その他薬を使い続けたことが招く受容体の減少や細菌が耐性を持ってしまうことなど。いずれもよく知られていることですが、こうした点には科学的な理屈があります。たとえば全身をめぐるという薬の特徴を前提とした場合、どうしても意外なタンパク質と出会ってしまい、負の作用を及ぼすこともありえます。何しろ、体内には、10万種類のタンパク質があると言われていますので、特定のひとつだけに作用させる方が無理な話なのです。薬を、人間に効かせるには、広範な確認作業が必要になります。
胃腸にまつわるエトセトラ(Vol.2)|健康美塾|第一三共ヘルスケア
胃腸薬を例に挙げてみます。胃や腸の不快な症状を和らげるための薬で、処方箋なしでも買うことができる、最も一般的な薬の一つです。しかし、この処方箋なしというのが厄介です。一般人では、多くのことがなかなか理解できていません。胸焼けと胃もたれ、この二つは正反対の現象です。これを理解している人が果たしてどれだけいるでしょう。胸焼けは、胃酸が食道に逆流して生じる不快感です。胃もたれは、胃に内容物が残り消化しきれなかった不快感。当然、これらに対処する薬はそれぞれ違ってきます。ちなみに胃薬の代表的な種類は7つもあるのだそうです。きっちり理解して、正しく使う。これが薬を利用する最も基本的なことです。
- 胃酸の中和
- 胃酸分泌抑制
- 消化促進
- 消化液分泌促進
- 鎮痛、鎮痙成分
- 整腸
- 胃粘膜修復、保護成分
クスリの大図鑑 強力スタチンで劇的改善 女性へは使われすぎ? | 健康 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
血液中のコレステロールを下げる「スタチン」という薬があります。肥満が増え続ける今日の世界にあって、スタチンはそれを解決しえるスーパー新薬とも称せられています。その先駆けとなったのが、日本の遠藤章博士の創薬した「コンパクチン」でした。青カビから発見しました。約2年かけて、6388株のカビやきのこで実験を行ったそうです。当時、放射菌(土の中の微生物)ではなく、カビやきのこから見つけようという試みは決して多くありませんでした。遠藤博士の成果は、その後、世界中の製薬会社の取り組みの呼び水になり、結果的に、類似の新薬が次々誕生しました。その総称が「スタチン」なのです。
創薬とは、百万種の物質から「薬のタネ」を探し当てる取り組みです。もちろん、その前に、まず病気の原因を突き止めなければなりません。すなわち、ターゲットなるタンパク質を探す作業でもあります。目標を定め、用いる物質を選ぶ、ここまでくるのにだいたい2~3年だそうです。そして動物実験となります。上述した「コンパクチン」のように、ラットに効かず苦戦したものもあります。そうしてさらに3~5年が過ぎ、ようやく臨床試験(治験)にこぎつけます。この段階の費用が創薬の半分にも至るのだとか。統計的には、治験に至る薬のうちわずか8%しか医薬品にならないのだ、とも。気の遠くなる作業です。最後に申請承認を得て、振り返ってみれば短くて9年間、長くて15年以上もの月日が経っていることもあります。
「画期的」だと言われる薬も、膨大な数の人々の膨大な挑戦の上に生まれた一粒なのですね。あらためて、感心しました。