広告代理業の新しい挑戦を財務から読み解く

東大式 スゴい[決算書の読み方]

東大式 スゴい[決算書の読み方]

 

 

インターネットという成長性抜群のメディアにおいて、広告収入でトップを走るのは電通ではありません。サイバーエージェントです。もちろん知名度はありますが、なぜ、天下の電通様がネット広告では「さっぱり」なのか。ネットでは事情が大きく変わるようです。

 

誤解09 総合広告会社はインターネット広告が不得意である (1/2):MarkeZine(マーケジン)

株式を公開している主要な専業代理店は、サイバーエージェント、オプト、セプテーニなどだ。総合広告代理店は、電通博報堂アサツーディ・ケイなどだ。一般にはあまり知られていないが、ヤフーの広告売上にもっとも貢献しているのは、電通ではなくオプトだ。ヤフーからベストパートナーとして認定されているのは、オプトだけである。

 

広告業界の動向(スマート業界地図)|カイシャの評判

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広告代理店は基本的に、広告主からお金をもらい、広告を掲載してくれる媒体にお金を払う、その後の差額が収益になります。電通の売上高は数兆円レベル、と大きくても、営業利益は1000億円強、比率で言えばごくわずかです。そんな電通に対して、売上では足元にも及ばないサイバーエージェント(以下、CA)の営業利益が300億円越え。しかもネット広告事業だけでも187億円ですから、収益構造自体が大きく違うと言っていいでしょう。同社の本業・ネット広告代理事業を、スマホシフトで着実に成長させながら、もうひとつの事業・ゲームの利益をすべて次世代の柱となる『AbemaTV』(メディア事業)に振り向けている。そんなメリハリの効いた戦略投資はお見事で、かつ、あれほど遠かった電通の背中が、おぼろげながら見えてきたのではないでしょうか。何よりも、好調なうちに、次の手を大胆に打つ。これは(サラリーマン社長ではなかなか)、できるようでできないことです。実際、AbemaTVへの先行投資がなければ、CAの営業利益は500億円を越えていたようですから、それを大きく削ってまで先行投資を急いでいるようです。お若いとは言え、創業者である藤田氏ならではですね。

 

サイバーエージェント、通期は売上高3,713億6,200万円の過去最高を更新 今期は10本の新作を予定 | Active Media

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ここで二つの疑問がわいてきます。そのひとつは、なぜ、CAの広告代理利益率が(電通に比べて)高いのか。もうひとつは、次世代事業・『AbemaTV』への先行投資200億円は、多いのか少ないのか。ひとつめの答えは簡単ですね。電通は、あくまで他社メディアの代理に特化していました。それに対してCAは自社メディアを有しています。たとえば膨大なアクセス量を誇るAmebaブログ。ゆえに利益の多くをそこから産み出すことができます。ちなみにCAは、一貫して、強いみずからのメディアを持つことに注力しています。リクルートが育てあげた『R25』を引き継いだのもそのひとつですね。ピークの過ぎた感はありますが、CAのもとでどこまで復活・再生できるか楽しみです。その他音楽配信事業のAWAトークアプリ、マンガサイト、恋活マッチングなど、成功・失敗のよく分からないメディア事業をかなり手がけています。

 

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2つ目の『AbemaTV』は、そのユーザー数の増加がすごい伸びを示していること。アプリの使い勝手も本当にいいです。番組の企画は、地上波と十分な差別化ができています。画面の縦型にも対応したりしながら、事細かな改善を繰り返せているのは、トップみずからがこのメディアを使いまくっているからです。頭の固いと思われていたテレビ局を口説き落とせたのも、藤田社長の人柄だからでしょう。巨額の赤字を出してまで、本気でテレビとネットの融合を図ろうとする姿は、ライブドア楽天ソフトバンクですら成し得なかった快挙になるような気がします。

 

毎年の200億円は巨大な投資ですが、逆に言えば、会社の利益を全部ここに投じているわけでもないですね。一定の下限線を引きながら、今のユーザー数の伸びを実現させているようです。ここがひとたび鈍化すれば、この金額が上下することもあるでしょう。その時の判断が見ものです。子会社を多く抱えるCAは、投資失敗もかなり多く、その調整を図るための現金は手元に残しておきたいものです。それが、200億円まででセーブされている理由だと私は見ています。

 

藤田社長が「AbemaTV」に“ムキになる”理由 (1/3) - ITmedia ビジネスオンライン

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藤田氏「たまに、『既存のテレビと同じでしょ』と言う方がいるんですけど、そこは、きちんと見てほしいですね。テレビと同じようなクオリティーで制作することを心掛けていますが、画面の構成は違います。テレビは華やかなセットにテロップも多いですが、スマホの小さい画面で同じことをやると、とても見にくい。スマホで見ることを前提にしながら、テレビに映しても遜色ないものを、オリジナルで考えています。制作現場もテレビのやり方を踏襲はしていません」

 

 

他方で、業界の巨人・電通は巨額の「のれん」代を計上しています。これは、広告代理業としての彼らの戦略です。「のれん」と言えば、残高首位のソフトバンクは例外としても、JT(日本たばこ)やNTTの「のれん」残高が一兆円を越えているのも明確な戦略があってのことです。JTは「たばこ依存からの脱却」をかけて、NTTは「グローバルITベンダー」への挑戦を狙って、攻めの戦略を仕掛けています。それに続く二社;武田薬品工業は海外企業の買収を続けており、キャノンも医療分野への本格ドライブのための買収をやっています。「のれん」とは、企業を買収した金額と時価評価純資産の差額を指し、高値で買った分をこの名目で、買収した企業の資産に計上したものです。たとえば簿価10億円の企業を100億円で買収した場合、資産100億円が買収した方の借方に計上されると同時に、「のれん」という無形資産90億円も出現します。話を戻しますが、上述した五社に続く「のれん」額を有しているのが電通で、やはり企業買収、特に海外の広告大手を次々と傘下におさめています。デジタル化とグローバル化を同時に進めているようで、広告業界の大きな地殻変動を感じます。

 

財務の急所(4)のれん、なんのこと?|マネー研究所|NIKKEI STYLE

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では最後に、冒頭書が「決算書」の話なので、「のれん」の会計処理について補足しておきます。実はこの処理方法は、国内外で統一されていません。日本基準が「のれん」を計上して償却するのに対し、米国基準やIFRSでは「のれん」の償却を認めていません。「のれん」が発生するのは、買収側が買収先を割高で買ったということ。したがって日本ではそれを償却して費用に計上できるわけです。しかし、米国では、それをそのまま資産に計上しておいて、毎年「のれん」資産の収益に対する効果を確かめています。そして効果がなくなったと判断されれば、損失として一気に計上してしまいます。

 

面白いですね。企業の戦略がきれいに表れる決算書。これを楽しみながら眺められるようになると、各業界の物語が手に取るように分かってくるはずです。