リテラシーを高めて、人間ドックの現状を正す

人間ドックの9割は間違い (幻冬舎新書)

人間ドックの9割は間違い (幻冬舎新書)

 

 

本書はわざと過激なタイトルにしてありますが、「人間ドック」の目的や仕組みを否定したものではありません。人間ドックとは、保険が適用されない、それでいて「がん」のような命を奪う病気を早期に発見してくれる重要な手段です。それゆえに高額な検査も含まれます。ところが実際の検査手法は、この目的に合致していません。むしろ目的が歪められていると解釈していいのかもしれません。具体的に表現すると、たとえば「胃のバリウム検査」。苦しい思いをしながら受診していますが、この検査は、胃を膨らませる薬剤を飲み、胃の壁にバリウムをくっつけながら、影絵のように、胃の粘膜の凹凸を見ています。しかし、早期の胃がんとは、凹凸ではなく、粘膜の色目の変化で判断すべきものです。これではひどい状態の胃がんしか見つからないでしょう。

 

 

なぜ医師はバリウム検査を受けない?無意味で発がんリスク増大、重大な副作用も | ビジネスジャーナル

http://biz-journal.jp/images/post_16493_rentogen.jpg

 

私は、放射線被爆リスクを過度に煽るのには反対です。ただし、受診者にとって苦しく、効果のないバリウム検査にあって、「胸部X線写真を撮影する際の150~300倍の被曝量」があると聞くと、疑問を抱かずにはいられません。現に、「レントゲンによる被ばく」者の比率が、日本は調査対象国中最大だったそうです。では、なぜこんな状況が改まらないのか。それを「利権」と指摘している方もいます。なぜなら、バリウム検査にはすでに相当の税金が投じられており、今さらそれがムダだったと行政は言えないからです。また今日、この問題が真剣に議論され始めたのは、胃カメラによる内視鏡検査が登場したことにも起因しています。精度の高い代替案が本格普及した場合、バリウム検査はおそらく「百害あって一利なし」となっていくはずです。

 

人間ドック最前線|広告企画|ダイヤモンド・オンライン

http://diamond.jp/mwimgs/f/4/450/img_f409c56cfd6de5ed959bf97fac01d39520947.gif

 

 

 「人間ドック受診者を年齢別に見ると40歳未満が約44万人に対し、40代では100万人、50代では99万人と2倍以上に増える」。全体の受診者数は天井にぶち当たっている状況でしょうか。受診しようという意識の高い層は、一定比率にとどまっているようです。さて、その人間ドックには受診者側の態度にも大きな問題があります。

  1. 検査方法を理解していない受診者が、「半信半疑」のまま受けている。
  2. 受診者は人間ドックの結果も真剣に見ようとはしていない。
  3. 「異常」が出ても、受診者は何も行動しない。
  4. 高額な費用を払って受診したことだけで、安心したフリをしたがる。

 

 要は、「バカ高い」お金を払った受診者は、よく分からないまま受信し、結果もろくに見ず、とりあえず「定期的に受けている」と自分に言い聞かせているような状況です。ところが、その当の人間ドックは、(検査方法によっては)早期発見どころか、末期症状の病名を告げるだけの役割になっている場合があります。今日の日本人は、二人に一人が「がん」に罹り、四人に一人が「がん」で亡くなっていますが、いまだに「まさか、自分ががんになるとは思わなかった」などの声を聞きます。人間ドックの本義的な役割を考えるなら、その「がん」を早期に発見できない限り、意味をなさないと言えるでしょう。

 

 

人間ドックで「異常あり」が9割 昨年の人間ドック受診者 | 最近の関連情報・ニュース | 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会

http://mhlab.jp/calendar/2010ima/20100823-1.jpg

 

「異常」と判断される受診者が増えているそうです。特に生活習慣病に関係する6項目だとなおさらです。本書でも指摘されていますが、2014年4月人間ドック学会が改定した新基準値が批判を浴びています。これまで「要注意」だった人が、「異常なし」の評価を受けるようになったからです。いわゆる基準緩和ですね。もちろんこれには複数の見解があり、いずれにも専門家がいますので、きちんとした議論を続けてほしいものです。本書の著者は、「より厳しい基準」を提言しています。また、年代・性別によっても基準値の意味合いが違ってくる点を指摘しています。つまり、人間ドックの目的は、便宜的な「健康」人を増やすことではなく、受診者に対して、早期かつ適切な対処を促すものであるべきだと言うのです。

 

 

健診結果の見方・対策「健診結果の見方」 | ソニー生命保険株式会社

https://cs.sonylife.co.jp/lpv/pcms/sca/ct/healthcare/guide-healthcheck/images/testresults/img0.png?_fp=R5ZRrQ3uEOTKkLSlHPem99fLJXgXsNgJLcU7kxNuoXCytSicVf.Bkrp9plhtNj1iza5Tb3rFNXre

 

本書・著者のお薦めは、首から下腹部までの「CT検査」、胃と腸とは内視鏡(カメラ)。そこに脳のMRIと心臓の冠動脈CTを加えれば、今日の主要死因の大半はカバーされます。さらに、女性は子宮頸部の細胞診、男性は前立腺がんを見つける腫瘍マーカー(PSA)を選べば、ほぼ完ぺきだそうです。詳細な理屈は本書に譲りますが、人間ドックには十分有用な手段があり、私たち自身がそれを選ぶ知見をもたなければなりません。

 

最後に、著者の専門である「糖尿病」について。糖尿病は、血液中のブドウ糖が増えてしまう病気です。なぜこれがダメなのでしょうか。この糖が増えすぎてしまうと膵臓の処理作業が間に合わず、糖が血液中に流れ出してしまいます。この糖が血管を傷つけ、細い毛細血管を詰まらせます。その血管が目であれば失明もありえますし、腎臓であれば人工透析が必要になるかもしれません。

 

【PR】老化を早める原因は「糖化」にあった? 糖化ケアきちんとしてますか?:日経ウーマンオンライン【トレンド(ヘルス&ビューティー)】

http://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/trend/15/105974/032800109/ph4.jpg

 

血糖値が高い、これを「糖化」と呼びます。この「糖化」は「酸化」と並んで老化現象のひとつです。糖化は細胞の「コゲ」、酸化は「サビ」などと表現されますが、この、一見、美味しそうな「おコゲ」は、その実「恐ろしい」現象です。血中の余分な糖が、赤血球たんぱく質やヘモグロビンと結合(=糖化)。すると、全身に酸素を運ぶという大事な役割が果たせなくなります。その結果、体中の細胞が低酸素状態に陥り、新陳代謝が低下していきます。しかも血管は全身につながっていますので、糖尿病はすべての病に関連します。この理屈はぜひ押さえておきましょう。

 

人間ドックはよい仕組みですが、受診者の理解(リテラシー)が伴わず、あるべき姿から程遠い現実となっています。買い手が混乱していると、売り手もそれを改めようとしません。人間ドックの市場が伸び悩んでいるのは、実はこうした進歩が阻まれている現実を放置している結果だと思います。