知っておくべき我が国の「社会保障」

教養としての社会保障

教養としての社会保障

 

 

WHOが2000年に公表した医療制度の世界ランキングでは、日本が世界第一位に選ばれています。また、その10年後に、雑誌『Newsweek』誌のランキングでも、医療では日本が堂々の一位です。公平・平等・低廉でありながら、「フリーアクセス」を実現し、その上で平均寿命や健康寿命、もちろん乳幼児死亡率でも世界で一二を争う優秀さを見せている点が評価されました。「フリーアクセス」とは、国民が保険証一枚でどこの病院にも行ける権利のことです。当たり前に思えるこの権利は、実は「世界の非常識」でもあります。常識的には、各地域に主治医や専門医がいて、患者が大病院に殺到しない仕組みが作られています。幸か不幸か、日本はその仕組みを採り入れることなく、今日まで来てしまったのですが、それが評価の対象になっているのです。

 

 

WHO | The world health report 2000 - Health systems: improving performance

 

日本人にとって当たり前でもある「国民皆保険」ですが、この制度設計は奇跡的ですらあります。日本のGDPがまだベトナムと同じだった頃(一人当たり21.7万円、1960年)、すなわち高度成長期の入口にて、日本の皆保険制度がスタートします。当時は5割給付でありながら、保険外医療も非常に多く、入院も事前承認制度であるなど、様々な制限付きでした。世界的にはこのような仕組みはほとんどなく、アメリカのような「自助」とボランティアで成り立っていたり、ヨーロッパのような所得水準による限定的「共助」に貧困層への「公助」の補足がついたり、さらに社会主義の中国ですら皆保険の仕組みはないそうです。ただし、日本でも多くの公費が投じられており、複雑かつ巨大な仕組みになっている点で、偉大ではありますが、厄介なものに変容してしまっているようです。

 

さて、厄介なものになったのは、ここ最近のことではありません。日本が人口ボーナス期から人口オーナス期に変わり、大世帯が小世帯に変わってしまったことが、年金の負担と給付の関係を悪化させ、かつ社会負担のコストを引き上げる結果となりました。高齢者を給付される側から、まだまだ働き続けてもらう側に戻すという試みも行われています。しかもボディブローのように効いているのが、構造的デフレです。経済・消費が縮小し続け、国民の所得がさらに落ち込んでいるところに、現行の社会保障の仕組みのよって若い世代から高齢者へと実質的な所得移転を進めてしまえば、経済はさらに悪化してしまいます。まさに悪循環です。

 

日本の国民経済の中で、GDP479兆円(2010年)のうち、政府部門支出226兆円の中で社会保障支出104兆円が半分を占めます。これを支えるのが、企業雇用主負担の25兆円と、本人負担の30兆円。両者合わせての55兆円は、企業・個人からの直接税分(13兆円+25兆円)を上回る金額です。つまり日本では、税負担より社会保障負担の方が大きいのです。しかし、この負担は給付に回るわけですから、医療サービスの成長という経過で経済に好転をもたらす可能性もあります。保育や医療にて将来670万人(2025年)の雇用を支えると目され、年金給付57兆円・医療給付38兆円(2016年)の受け皿になっています。

 

無責任な増税議論 社会保障は削るしかない 税と社会保障の一体改革に欠けている論点【WEB特別編】 WEDGE Infinity(ウェッジ)

http://wedge.ismedia.jp/mwimgs/1/6/-/img_168d4819bd8baeda1b07a1425dd262b9175688.jpg

 

本書は、元厚生官僚の方が書かれたものですが、偏見は捨てましょう。そこには何度も耳にした「社会保障と税の一体改革」についての記述があります。当時の民主党政権下にて、民自公が超党合意に至った案件です。万年野党だった勢力が政権にいたからこそ実現できたとも言えます。要は「消費増税合意」なのですが、政争の具にはしないと腹を括ったからこそできたものです。残念ながら、いまだに、「行革でムダを省く」とか、「役人の無駄使いを止める」とか、根拠を示さずに「財源はある」とうそぶく政治家がいることは嘆かわしい限りです。もはや社会保障が動かしているお金は、国家予算の規模をはるかに越え、犯人探しではにっちもさっちもいかないところまで追い込まれているのです。そのことを痛感させてもらえる良書でした。

 

 

www.gov-online.go.jp