世界史を大きく俯瞰してみたい

日本人のための世界史入門 (新潮新書)

日本人のための世界史入門 (新潮新書)

 

 

まえがき(本書では「序言」)が一番面白かったです。歴史の解説本でありながら、歴史の見方に関わる教科書検定問題を、著者は「あほらしい」と一刀両断しています。「(歴史には)色々とイデオロギー的な言葉が雑音として入ってくる」が、「イデオロギーというのは、証明されていない議論という意味で、つまり冷静に事実を見つめることが出来ずに現れるもの」だという。著者は、歴史の見方がある意味進歩史観に支配されていて、その賛否はともかく、「歴史に発展の必然性もないし、法則性もない」、偶然の産物だと言い切っています。

 

 

確かに、ダーウィンの適者生存などを是としてしまえば、適者が生き延び、そこに法則のひとつでも見出したくなるものです。豊臣秀吉の失敗、徳川家康の成功と総括して、歴史に学べと言ってしまうのが、さも当たり前のような考えていました。誤解を恐れずに言えば、著者は、歴史分析などを止めて、ただ歴史の事実に向き合うように諭しているのかもしれません。また、歴史は小説のように楽しめばいいと言っている点にも共感が湧きます。

 

十字軍という歴史のお話。キリスト教イスラム教、これは最近の米国同時多発テロ後の両者の対立構造にも用いられている事象です。十字軍はそれこそ、後世の人々から「愚行」とみなされています。確かに宗教の問題ではなく、集団性の狂気としか言えないかもしれません。オウム真理教あさま山荘事件なども、主義主張ではなく、集団性がもたらす狂気のようです。私たちが理解しようとして理解できるものではなさそうです。むしろ十字軍は、ひとつの組織体として、関わる人が増え、彼らを養うために新しい資源を必要としました。そう理解すると、常に領土を広げようとする膨張力の意味が腑に落ちます。そしてそれは、人類に、絶え間ない戦争という歴史をもたらしたのです。戦後の平和状態こそ、むしろ人類史においては稀有な状態かもしれません。

 

今日、歴史において、西洋と東洋を二大潮流としてとらえる見方には色々な異論があるでしょう。まぁ、他国の人々が歴史を、自分たちを鼓舞する方法として使うのはそれぞれの勝手です。著者もそれを否定しないと言います。ただし、二つの大きな潮流だったのは否定しようがないし、近世西洋の自然科学と応用技術が東洋より優れていたのも事実です。一時、中国が、中世西洋を越えていた時期もあるとされますが、著者は古代ギリシアの遺産が大きな後押しとなったと結論づけているようです。いずれにしても私個人は、人類の知識が蓄積され、整理され、より多くの人々に共有されたことをもって、人類の技術発展が飛躍的に加速したと考えます。たとえば、大学(高等)の誕生はその象徴的なことだと思いますね。技術の進化に関しては、こうして「進む」だけになったため、著者が嫌う「進歩史観」も登場することになったのでしょう。

 

最後の締めは、本書に対する感想をひと言。ざっと世界史を概括してくれているのはいいのですが、著者が嫌っているためか、事実を並べて、ひと言ずつ著者の感想を述べているだけです。ゆえに世界のあちらこちらを行き来するのですが、時代の底流も法則も示されておらず、分かりにくいだけの世界史概説になってしまっています。結果的に、章ごとのタイトルは素晴らしいのに、章全体を通してそのテーマを解説することにはなっていません。もし私なら、本書に啓発されてのことですが:

  1. 宗教の誕生と役割、その歴史的意義。
  2. 「王権」の安定期と不安定期。
  3. 戦争を誘ったものと、膨張する内的圧力。

 

どなたか この三点で、世界の歴史を横に縦に貫いてほしいですね。宗教とは、人間の精神活動の賜物であり、人間性を制御する大切なロジックです。それが社会を安定させる役割を果たそうとしたはずでしたが、十字軍のように、逆に作用してしまった時代もありました。また、欧州での多くの戦争が宗教対立に起因しているのも皮肉なことです。これに対して「王権」とは、軍事力を有する統治機構なのですが、戦争を起こす主体でもあります。王の数が増えるほど戦闘行為も頻繁に起こりました。いわゆる戦国時代の様相を呈したのです。共通した権威をもたない世界では、隣接する王権同士の武力衝突は避けられなかったでしょう。そして、人々を戦争に駆り立てた根本要因は、各集団の生存と欲望を実現するための内部要因だったと私は考えます。人口が増えたり、食料が不足したりと、やむを得ない事情が集団内にあったのでしょう。したがって、この三点を少し乱暴に概括すると、各集団に膨張圧力が生じ、隣接する集団に攻撃を仕掛けた時、「王権」という政治権力を有した集団は他者と戦い始めることになります。戦いにはより多くの人々を投入するため、宗教が利用されました。「王権」の不安定期には集団内部で、安定期には集団外部へと戦いが続けられ、人類の歴史はまさに血塗られた戦争の歴史だったのです。こんな視点で、どなたか、世界史を語り聞かせてくれませんかね?