宗教によって、時間観念が生まれ、時計のニーズになった【連載】

シンデレラ。世界中の多くの人々が、地域を問わず、読んだことのある童話です。このお話は、古くからある民間伝承ですが、17世紀末に出版されているものが非常に著名です。この物語には、ある面白い「感覚」が登場します。それが、時間です。

 

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【シンデレラのドレスがブルーなのはなぜ? 実写版『シンデレラ』の見方が変わる「5つ」のトリビア ーウレぴあ総研】

ディズニー不朽の名作として知られる『シンデレラ』。アニメーション版は1950年にアメリカで公開されました。それから65年、ディズニーは再びこの作品を実写版としてリメイクしました(2015年)。今回は実写版シンデレラをより深く楽しむことができる、5つのトリビアをご紹介します。(リンク先参照)

※いつになっても、人々の関心を惹きつけるのがシンデレラだ。

 

12時の鐘が鳴ると、シンデレラの魔法が解けてしまい、美しく着飾ったドレスや、ゴージャスな馬車などがすべて消えてしまいました。物語では、お城から離れる時間を守らなければならない、という現代人的な時間感覚が、普通に表現されています。もし、当時の読者、一般庶民に、この時間感覚がなければ、人々はこの物語の面白さが分かりません。逆説的に言えば、時計があまり普及していないこの時代に、一般庶民までが時間感覚を持っていたのは興味深い点です。

(実は、物語の書かれた17世紀末以前、時計は決して普及していなかったとされる)

 

 

 

序文

時計と時間についてのお話:連載にあたっての序文 - 夜明け前の…

第1回

腕時計は、「やっぱりスイス」なのか【連載】 - 夜明け前の…

(略)

第13回

時計の種類と操作方法【連載】 - 夜明け前の…

第14回

装身具のひとつにすぎなかった腕輪は、腕時計で復活した【連載】 - 夜明け前の…

 

 

Amazon.co.jp: 時間革命: 角山 榮: 本

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角山栄「時計の社会史」 - loisir-space’s blog

シンデレラはどのようにして時を知ったのか、というのが角山氏の素朴な疑問です。17世紀のフランスの作家シャルル・ペローが童話集を編集出版したのは1697年で、その中でシンデレラの物語は「むかし、・・・」と始まっていることからすれば、シンデレラの物語は17世紀以前のことを描いているものと考えられるわけです。

公共用機械時計は15世紀から16世紀にかけて、教会の塔や市庁舎の塔に取り付けられていたようですが、シンデレラの聞いた時報の鐘はこうした公共時計ではなかったと角山氏は考えます。なぜなら、シンデレラは1日目の夜は11時45分を告げる鐘を聞いて舞踏会から帰っているわけですが、当時の公共時計はおそらく1時間ごとに鳴っていたと考えられることから、シンデレラが聞いたのは公共時計の鐘だとするのは疑問が残るというわけです。

シンデレラが聞いたのは、おそらくドイツ製置時計ではなかったのか、というのが角山氏の結論です。当時の置時計の針は文字盤の上に一本しかなかったようですが、角山氏の突き当たった古いカタログによれば、時報は15分ごとに鳴るものもあったようです。

 

15世紀(一説には14世紀)以降、ドイツ南部では、機械式時計が作られていました。地元の鉱山資源がそれを後押ししたとも言われています。そして、この地域で作られた卵サイズの懐中時計が、貴族たちや裕福な市民たちの間でも話題になりました。なぜなら、当時の時刻と言えば、教会の鐘の音だけが頼りで、みずからが正確な時刻を知ることはできなかったからです。

 

Pomander Watches:時計は昔、「金の卵」だった(英語) : 時計の「必学」雑学 100選 - NAVER まとめ

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ここで、あらためて疑問が生じます。私たち人類は、なぜ、時間を知る必要があったのでしょうか。そもそも、日中の時間は、太陽の位置や高さでだいたい分かりそうなものです。また、暗くなれば夜なので帰宅すればいいでしょう。ほとんどの庶民が農民であり、職人であった時代、時間単位での理解はさほど必要なかったはずです。

その答えは、実は、宗教にありました。宗教の修行に勤しんだ人々は、修道院にて、共同生活を始めます。色々な人々が一緒に、規律正しく生活をするわけですから、様々な決まりが作られました。そこに、一日何度、いつお祈りするかという決まりも加えられました。雨の日でも、それを正しく実施しなければならず、ここに共通時間を知る必要が生じました。そののち、この規律ある生活方式は、各地で誕生した都市に引き継がれます。中世のヨーロッパでは、余剰農作物が生まれ、それを交換するための都市が各地に生まれていました。人々の集団生活と時間規則は、密接な関係をもっており、時間に関するニーズや感覚が、こうした土壌で育まれていくことになります。

 

修道院運動

 キリスト教ローマ帝国によって公認され、さらに国教とされて迫害はなくなった。しかし、政治権力と深く結びついたことから、イエスの生きていた時代の純粋な信仰からは次第に乖離し、教皇自身が絶大な権力のもとで華美な生活を送り、聖職者にも同じような腐敗堕落が現れてきた。これを正そうと始まったのが、修道院運動である。人里離れた地で苦行と瞑想の共同生活を送ることが、その修道院のあり方だった。

※人々が集まって生活を始めると、そこには様々なルールが必要になる。また、祈りを捧げる時間も決められるようになった。これが後に、時計(時間計測)のニーズを生むことになる。

 

 次回

太陽から離れて、再び太陽に戻った【連載】 - 夜明け前の…