漫画で、歴史を「サッ」と見通す意味

歴史ファンではあるが、いわゆる教科書「プラス α」くらいしか分かっていないと思う。なぜなら、今回見つけた素晴らしい作品『漫画 医学の歴史』を一読しても、私自身の知らないことがあまりに多かったからだ。

 

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即日完売記念!『まんが 医学の歴史』誕生秘話 - マンガHONZ

本書は、司馬遷の『史記』でいえば「列伝」。群像劇のスタイルですから、多様なキャラクターが毎回ぐるぐる入れ替わり、らせん状に物語が進んでいく。刊行後、本書は予想外の売行きを示し、思わぬ余波をもたらしました。アーリーアダプターの多くはやはり医師でしたが、まんがは手に取らないと思われていた中高年以上の読者から熱い支持が得られたことが判明した。(著者のメッセージ)「何を書くか」以上に、「何を書かないか」という「削りの作業」が悩むところ。本書が描いているのは、「医学の進歩に重要な転機をもたらした人や出来事」ですが、歴史の中の多くの事物からの「削り」の作業には苦心しました。

 

 

漫画のメリットは、ともかく、感情移入しながらサッと読み進められることである。歴史という人間の織りなすドラマを、本書のように概括できれば、個々の時代、それぞれの人物が人類史においてどのような役割を果たしたのか。非常に分かりやすい。たとえば、ギリシアにて、古代医学の集大成を成し遂げる偉大な人物・ガレノスは、上述漫画では、「近代医学が否定し続けようとした対象」として描かれている。すなわち、ガレノス医学をやっつけることで、近代医学の夜明けが生まれたというストーリーだ。

 

もちろん、本書著者・茨木氏も述懐しているが、誰をどのように描くかは、その筆者自身の偏見に違いない。ガレノスは解剖研究を重ね、非常に多くの発見をしている。彼の知見がその後の医学の停滞を招いたのだとすれば、それは後世の人々によるものだ。千年後もまだガレノス医学を教科書として学んでいるのだから、その停滞ぶりは推して知るべしだろう。

 

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TOMOHISA SUZUMURA’S CRITICAL SPACE ー 鈴村智久の批評空間 「近代」の萌芽としてのヴェサリウスの解剖学教室ーー小池寿子『内臓の発見』読解

Sisamnes gevild in opdr v koning Cambyses 1487

この絵は、エーコの『醜の歴史』でも掲載されていた名高い拷問画である。(解剖学的には)アンドレアス・ヴェサリウスは避けて通れない。16歳でルーヴェン大学に入学し、その二年後に教授職を得て、パリ大医学部で学んだ彼は1543年(若干29歳)の時に、後の近代医学の古典となる『人体の構造について(ファブリカ)』を出版する。それまで人体機能は「肝臓」中心に考えられ、ガレノスの血液学説が支配していたが、彼は後の血液循環説に繋がる提言を本書においてなしている。

 

ヴェサリウス(16世紀)は、本件漫画では、解剖オタクのように描かれている。きっとキリスト教の教えが厳しかった「中世暗黒」時代に、彼の行為は許されなかっただろう。それにしても、彼の解剖事例が積み重なっていくに従い、新しい科学的な真実が明確になってくる。最後には、医療の知識体系(医学)を支配していたガレノスが一気に否定されるまでになる。それはまさに、教会の教義に支配されていた中世の価値観が瓦解していったルネサンスと同じ現象だった。

私が子供の頃、学校の実験室で、内蔵むき出しのマネキンを見てショックを受けたものだが、ああいうことにチャレンジしてくれた人々が少しずつ知識を積み上げてくれて今日の医療技術に結実されている。そのことにあらためて敬意を評しつつ、最後に、日本の偉人・杉田玄白に触れておきたい。

 

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日本史探究スペシャル ライバルたちの光芒〜宿命の対決が歴史を動かした!〜|BS-TBS

朝日新聞は優れた日本人科学者を選ぶ投票を行った。そのベスト5の内三人は、明治から昭和に活躍した近代の人物が選ばれた。そして、三位と四位になったのが江戸時代に生きたこの二人。日本初の発電機「エレキテル」を作った平賀源内と「解体新書」を出版し日本の医学の進歩に貢献した杉田玄白である。

 

本件漫画でも、杉田玄白の物語は描かれているが、江戸時代では死体の解剖も自由にできなかった。一般的な社会通念もそれを許さなかったに違いない。ゆえに、オランダからの書物を読み込むことで学ぶしかなかった。彼の時代は、ヨーロッパのルネサンス期同様、芸術と科学、医学と工学との間に区分けがまだなかった頃だ。蘭学と総称し、人体に関わる知見を、玄白は見事に翻訳しきった。実は、江戸時代の偉人・平賀源内も同時代を生きており、発明家であり、鉱山師、そして「医業」に携わることもあったという。晩年、玄白さながらに書物をまとめようとも考えていたらしい。生前・死後を問わず、この二人が、日本の庶民に伝えようとした知識体系は広範に影響を与え、明治ののちには、日本の急速な近代化を下支える原動力になった。

 

歴史上の人物の何十年というそれぞれの人生を、その成果だけで切り取ってしまうのは心苦しいが、本当にたくさんの個性と情熱、彼らの苦楽が、ひとつひとつ知見となって、今の私たちの社会を形成していると思う。すべての分野に、「漫画~の歴史」が刊行されてほしいと切に願う。